なぜ法定金利以上の金利で契約をさせられ任意整理が必要になってしまうのか。金利のまつわる法律が二つあって罰則規定に違いがあるからだ。出資法で罰則があるのは29、2パーセントの金利を上回ると罰則を受ける。一方利息制限法では上限金利を15からに決められているが、これには罰則がない。そのため罰則規定のない20パーセントをこえた金利で行ってくる業者が多く任意整理が必要になってくるのだ。
やはり最後の最後には、自己破産という方法以外には、頼れるものはないですね。国も政府も、今では破綻の二文字が、すぐ隣りにある状態ですから、個人レベルでは、この負の流れに、逆らい切ることは、不可能なのが現状ですね。だからこそ最後の最後には、自己破産という手段も、辞さないという風に思っておくべきですよね。
ノルディックスキー、サマージャンプ女子のコンチネンタル杯は19日、ドイツのオーベルビーゼンタールで個人第5戦(HS106メートル、K点95メートル)が行われ、渡瀬あゆみ(神戸クリニック)は1回目95メートル、2回目89.5メートルの214.0点で7位だった。
14歳の高梨沙羅(北海道・上川中)は8位、伊藤有希(北海道・下川商高)は12位、葛西賀子(日本空調サービス)は19位だった。
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東北勢にそろそろ一度、優勝してほしいと楽しみにしていたので残念です。光星学院のエース秋田は、決勝戦では制球が甘くなったところを破壊力のある日大三打線につかまってしまった。しかし多彩な変化球に、要所では140キロ台中盤の直球と緩急をつけた頭脳的な投球が印象に残った。
光星学院は投打ともに全国レベルに達していることを、改めて示したといえるだろう。42年前、試合ごとに勢いづき、気がつけば決勝まで勝ち進んだ高校野球の典型的なチームだった僕たちのときとは、あまりにも力の違いがある。
光星学院を含め、東北勢には優勝できるチームが多い。プロ球界をみてもダルビッシュ(東北−日本ハム)、由規(仙台育英−ヤクルト)、坂本(光星学院−巨人)ら東北勢OBが中心選手になっている。今大会でも聖光学院の歳内、3本塁打の光星学院の川上らがプロから注目されているように実力的にはいつ優勝校が出ても不思議ではない。
今回は東日本大震災のあと、初めての夏の大会ということで、東北代表校が背負ってプレーした様々な思いは、何よりものパワーになったはずだ。とくに決勝進出を果たし、被災地に勇気を与えた光星学院の健闘には拍手を送りたい。日大三の前に最後は力尽きたが、東北勢が甲子園で頂点に立つ日が必ず来ると信じている。=第51回大会(1969年)準優勝投手
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入らないと思った打球が、あっという間にバックスクリーンに飛び込んだ。三回、日大三の高山が放った3ラン。光星学院のセンター川上は試合後、「あれが日本一になるチームの打球かと感じた」と振り返った。
打たれた秋田も「打球が鋭くて恐怖感を覚えた」。おそらくかなわない相手だろう。それでもあきらめるという選択肢はなかった。七回、連打を浴びて2番手に後を託すまでの113球。マウンドに立ち続けた。
ベンチに入った18人のうち、地元青森出身は3人だけ。大阪、沖縄などからの「野球留学生」が占めるチームをとやかくいう声があることは知っている。東日本大震災の発生時、沖縄で合宿中で地元にいなかったという引け目もあり、動揺した選手もいたという。
初戦敗退した今春の選抜大会から戻った後、避難所でボランティア活動をしたとき、地元の人たちが「よく頑張ったね」「夏も甲子園に行けよ」と声をかけてくれた。救われた。チームの合い言葉は「次はこちらが恩返しをする番」。その思いが快進撃につながった。
東北勢悲願の初優勝はならなかった。しかし川上は胸を張った。「皆さんにいい姿を見せられたと思う。悔いはありません」。思いは通じた。銀色のメダルをかけたナインを、甲子園の観衆が大きな拍手でたたえたことが、それを証明した。(鮫島敬三)
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最後の一球に渾身の力を込めた。九回2死、この日の最速145キロの直球で最後の打者のバットを空を切らせ、ゲームセット。「最後は三振を狙っていました」。日大三の吉永はマウンド上で両手を大きく突き上げた。
強打の光星学院を相手に5安打完封。だが、準々決勝までの4試合を完投、準々決勝から3日連投となるエースは確実に疲れを感じていた。
「球威が落ちていたので、力で押すのではなく、コースを狙うことを意識した」。140キロ台後半の直球に頼らず、右打者へはスライダー、左打者にはシンカーを有効に使うことでフライの山を築いた。
今春の選抜大会では準決勝の九州国際大付(福岡)戦で9失点。「変化球でストライクをとれず、カウントをとりにいった直球をねらい打ちされた」と敗因を分析し、最後の夏のマウンドで成長した姿を見せつけた。
うれし泣きするナインに囲まれながらも涙は見せなかったのは「もらい泣きしそうになりましたが、決勝の舞台を楽しめたし、やりきった感があった」から。強打を支えた背番号1は、満足げに勝利の余韻に浸った。(藤原翔)
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